能登半島地震から考える中波AM放送の「災害情報到達性」|NHKラジオ第2全国高出力中波網の実測研究をarXivで公開

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現在では再現できない全国高出力中波網の実測記録

2024年能登半島地震を題材として、中波AM放送が災害時の情報インフラとしてどのような役割を果たし得るのかを検討した研究論文を、プレプリントサーバーarXivで公開しました。
本研究は、能登半島を一つの事例として、道路・電力・通信インフラが脆弱になりやすい半島地域や島嶼地域における「半島防災」「離島防災」の情報インフラを考えるための研究でもあります。

本研究は、2026年3月に終了したNHKラジオ第2の全国高出力中波放送網がまだ運用されていた2024年9月に、能登半島・珠洲市で実際の受信状況を測定した、現在では同じ条件を再現することのできない貴重な記録でもあります。

論文タイトルは、

Disaster Information Reachability of Medium-Wave AM Broadcasting as a Wide-Area Disaster Information Infrastructure: Lessons from the 2024 Noto Peninsula Earthquake

です。

著者:庄司 英一、福井大学
Eiichi Shoji, University of Fukui

arXiv:2608.11925
https://arxiv.org/abs/2608.11925

本論文は、Journal of Disaster Researchにも投稿しています。

「情報を発信した」ことと「情報が届いた」ことは同じではない

2024年1月1日に発生した能登半島地震では、広範囲にわたる停電、通信障害、道路寸断などが同時に発生しました。

地震発生直後の16時11分には大規模な停電が発生し、その直後の16時12分には津波警報が発表されました。

テレビ、スマートフォン、インターネットなどを通じて災害情報を発信するシステムが存在していても、停電や通信障害によって受信する側の環境が失われれば、必要な情報が必要な瞬間に届かない可能性があります。

そこで本研究では、

Disaster Information Reachability、災害情報到達性

という考え方を提示しました。

これは、

「必要な情報を、必要とする人に、必要なときに届ける能力」

という観点から、災害情報インフラを考えるものです。

通信速度が速いか、伝送できる情報量が多いかだけではなく、災害という極限状態で、最終的に情報が受信者まで届くかを重視します。

2024年9月、金沢から珠洲へ

現地での受信調査は、地震直後ではなく、復旧が進み始めた2024年9月に実施しました。

金沢市から珠洲市まで自動車で移動しながらAM・FM放送の受信状況を調査するとともに、珠洲市で定点受信測定を行いました。

その結果、中波AM放送では、石川県内だけでなく、富山、新潟、秋田、東京など、複数の地域からの放送波が珠洲市に到達していることを確認しました。

興味深いのは、単純に「近い送信所ほど強く受信できる」という結果ではなかったことです。

地元のNHK金沢局では雑音の影響が確認された一方、富山や新潟方面からの中波放送は良好に受信されました。

例えば、富山方面では約81 km、5 kWの放送がRSSI 60~61、新潟方面では約145 km、10 kWの放送がRSSI 50という良好な受信結果が得られました。

375 km離れた秋田から届いた中波放送

さらに特徴的だったのが、秋田と東京からの遠距離受信です。

珠洲市から約375 km離れた秋田のNHKラジオ第2放送は、送信出力500 kWで、RSSI 40で受信されました。

一方、珠洲市から約258 kmと、秋田より約117 km近い東京のNHKラジオ第2放送も500 kWですが、RSSIは35でした。

つまり、

より遠い秋田からの放送の方が、より近い東京からの放送より良好に受信された

ことになります。

この違いを考えるうえで重要なのが、海上伝搬です。

中波の地表波は、海水の高い導電率によって、海面上では陸上より比較的低損失で伝搬することができます。

秋田から珠洲へは日本海を多く含む伝搬経路となるのに対し、東京方面から珠洲へは陸上や山岳地域を多く含みます。

この実測結果は、中波放送の到達性を考える際には、単純な送信所までの直線距離だけではなく、どのような経路を伝搬してくるかが重要であることを示しています。

陸上では半島の先端、電波から見ると複数地域とつながる場所

能登半島、特に珠洲市は、道路交通の観点から見ると半島の先端に位置し、大規模災害時には孤立する危険性があります。

しかし、中波電波の伝搬という観点から見ると、様相が変わります。

富山、新潟、秋田など、日本海沿岸の複数地域から海上を経由して放送波が到達し得ます。

つまり、陸上交通では孤立しやすい場所が、電波伝搬の視点では複数方向と結ばれていることになります。

これは、中波AM放送を災害情報インフラとして考えるうえで重要な特徴です。

今は失われたNHKラジオ第2全国高出力中波ネットワーク

2024年9月の調査時には、NHKラジオ第2の全国高出力中波放送網がまだ運用されていました。

札幌、秋田、東京、熊本には500 kW、大阪には300 kWという大出力の中波送信所が配置され、日本列島を広域に覆うネットワークが形成されていました。

一つの近距離送信所だけに依存するのではなく、離れた地域から異なる方向、異なる伝搬経路で放送波が到達し得ることは、災害情報インフラとしての冗長性につながります。

NHKラジオ第2の中波放送は2026年3月に終了しました。

したがって、本研究で得られた2024年9月の測定結果は、全国高出力中波ネットワークが実際に存在していた時代の電波環境を残した、現在では再現できない実測記録でもあります。

AMとFM、どちらが優れているという話ではない

今回の調査では、FM放送についても同時に測定しました。

FM放送には、高音質であることや、地域に密着した情報を伝えられることなど、大きな長所があります。

一方、FMが利用するVHF帯は直進性が強く、能登半島のような山地を含む地域では、地形遮蔽や中継局への依存の影響を受けやすい場合があります。

これに対して中波AM放送には、

・広域への同時放送。
・高出力送信。
・海上伝搬。
・遠隔地からの到達。
・複数方向からの到達可能性。

という異なる特徴があります。

重要なのは、AMとFMのどちらが優れているかということではありません。

スマートフォン、携帯電話網、インターネット、衛星通信、FM放送、中波AM放送など、異なる物理的特性と異なる故障モードを持つ複数の情報伝達手段を組み合わせることが、災害時の情報インフラの強靱性につながります。

無給電ラジオHOOPRAによる受信実験

珠洲市での測定では、研究室で開発してきた無給電ラジオHOOPRA、フープラも使用しました。

HOOPRAは、外部電源や乾電池を必要とせず、中波放送波そのものが持つ電磁エネルギーを利用して受信する装置です。

また、市販ラジオと非接触で磁気結合させることで、受信状態を改善することもできます。

珠洲市での測定では、例えば市販ラジオ単体でRSSI 24だった受信状態が、HOOPRAを組み合わせることでRSSI 55まで向上しました。

放送波は「音声情報を運ぶもの」であると同時に、受信に利用可能な電磁エネルギーを運ぶものでもあります。

電力インフラが失われる可能性のある大規模災害を考えると、この特徴も重要な研究対象です。

能登半島地震から、半島防災・離島防災へ

能登半島だけでなく、日本には紀伊半島をはじめ、多くの半島地域、そして多数の島嶼地域があります。半島や離島では、道路、海上交通、電力、通信などの経路が限られるため、大規模災害によって複数のインフラが同時に途絶した場合、地域全体が情報面でも孤立する可能性があります。

一方、本研究で確認した中波AM放送の広域同時放送、海上伝搬、遠隔地からの到達、多方向からの到達可能性は、こうした半島防災、離島防災における災害情報インフラを考えるうえでも重要な視点になると考えています。

南海トラフ巨大地震など、将来の大規模災害では、広い地域で停電、通信障害、道路寸断、地域孤立が同時に発生する可能性があります。

新しい通信技術をさらに発展させることはもちろん重要です。

同時に、長い歴史を持つ中波AM放送についても、広域同時放送、高出力、海上伝搬、多方向到達といった物理的な特徴そのものを、災害情報インフラという観点から改めて評価する必要があると考えています。

災害時に本当に問われるのは、

「何を発信したか」ではなく、
「必要な情報が、本当に必要な人へ、必要なときに届いたか」

ということです。

それが、本研究で提案した、

Disaster Information Reachability、災害情報到達性

という考え方です。

能登半島地震から得られた教訓を、今後の半島防災、離島防災、放送、情報通信政策、そして将来の大規模災害への備えにつなげていきたいと考えています。


論文情報

Eiichi Shoji

Disaster Information Reachability of Medium-Wave AM Broadcasting as a Wide-Area Disaster Information Infrastructure: Lessons from the 2024 Noto Peninsula Earthquake

arXiv:2608.11925
https://arxiv.org/abs/2608.11925

Submitted to Journal of Disaster Research

庄司 英一
福井大学

本研究の一部は、JSPS科研費 JP24K15388の助成を受けて実施しました。

CANONICAL:
https://monozukuri.his.u-fukui.ac.jp/2026/08/19/post-9651/


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